本格的な戦略論の学術書としては異例のヒット作となった、楠木建氏の『ストーリーとしての競争戦略』。未だに、書店で見かけることも多いです。
ただ、本書の内容を把握している人はどのくらいいるのでしょうか。なにしろ、本文だけで500ページもある大著です。読みこなすのは至難の業。
そこで本稿では、『ストーリーとしての競争戦略』の要点を抽出し、ポイントだけをまとめました。忙しい方、時間がない方など、ぜひ参考にしてみてください。
【※別記事】経営学は経営の役に立つのか?『ストーリーとしての競争戦略』
「戦略」とは
本書のテーマである戦略(競争戦略)とは、「(競合他社との)違いをつくって、(個別の施策を)つなげる」ことを指します。
つまり、
①他社との違いをつくる
②構成要素の間に因果関係がある
ものが、戦略と定義されています。
企業は「持続的な利益」の獲得を最終的な目標としています。競争構造がある業界では、他社よりも優れた収益を持続的に達成するために、戦略が必要となるのです。
①他社との違いをつくる
他社との違いをつくる方法は、
・ポジショニング(SP:Strategic Positioning)
・組織能力(OC:Organizational Capability)
に大別されます。
SPとは、「他社と違うところに自社を位置づけること」です。選択と集中という言葉どおり、「何をやり、何をやらないか」を決めるのがポイントです。
OCとは、「競争に勝つための独自の強み」です。ルーティンや物事のやり方など、他社と違った強み(組織特殊性)を持つことで、競争優位を実現します。
②構成要素の間に因果関係がある
因果関係とは、打ち手のつながり、流れ、論理、シンセシス(統合)などを指します。「ストーリーとしての競争戦略」が重視しているのはコチラです。
その点、個別の事象にフォーカスする「アクションリスト」「法則」「テンプレート」「ベストプラクティス」「経営理論(セオリー)などとは異なります。
ベースとなるのは、「why(なぜ)」を考えることにあると楠木氏は語ります。「なぜ」を追求した結果、打つべき施策の“つながり”が見えてくるのです。
「ストーリーとしての競争戦略」とは
以上のように「ストーリーとしての競争戦略」は、事業戦略(not全体戦略)において、要素間の因果関係や相互作用(つながり、流れ、論理)を重視する考え方です。
個別の打ち手に注目するのではなく、またアナリシスのように過去をデータで分析するのでもなく、未来をつくるストーリーに着目するのが肝となります。
楠木氏いわく、優れた競争戦略には人に話したくなるような面白いストーリーがあるとのこと。差別化がむずかしい現代では、ストーリーのある競争戦略が求められます。
戦略ストーリーの5C
「ストーリーとしての競争戦略」には、5つのポイントが挙げられています。それぞれの頭文字をとって「戦略ストーリーの5C」と命名されています。
・競争優位(Competitive Advantage)
・コンセプト(Concept)
・構成要素(Components)
・クリティカル・コア(Critical Core)
・一貫性(Consistency)
・競争優位(Competitive Advantage)
競争優位とは、他社との競争に勝ち得る状態のことです。
競争戦略は、この競争優位を実現するためにあります。とくに企業の場合、競争優位が「持続的な利益」につながる点が重要です。
・コンセプト(Concept)
コンセプトとは、本質的な顧客価値を定義することです。
コンセプトを設定し、「誰を喜ばせるか・誰に嫌われるか」を明確にすることで、具体的な打ち手へとつなげていきます。
・構成要素(Components)
構成要素とは、競合他社との違いを生み出す要素のことです。
SPやOCはもちろん、競争優位を実現するためのあらゆる施策が、競争戦略の構成要素となります。
・クリティカル・コア(Critical Core)
クリティカル・コアとは、独自性と一貫性の源泉となる中核的な構成要素のことです。
クリティカル・コアが、競争戦略をより強固なものにします。本書では、サッカーで言うところの「キラーパス」と表現されています。
・一貫性(Consistency)
一貫性とは、構成要素をつなぐ因果論理のことです。
構成要素のつながりや流れ、因果論理を重要視するストーリーとしての競争戦略において、一貫性は欠かせません。
ストーリーとしての競争戦略の流れ
「ストーリーとしての競争戦略」の流れとしては、コンセプトがあり(起)、構成要素があり(承)、クリティカル・コアがあることで(転)、競争優位を実現します(結)。
加えて、因果関係の蓋然性が高く、構成要素間のつながりの数が多く、時間軸でのストーリーの拡張性・発展性が高ければ、好循環と繰り返しを生む、良い戦略となります。
「コンセプト」の要諦
これら5つのポイントのうち、とくに重要なのが「コンセプト」です。楠木氏は本書において、「すべての始まりはコンセプト」であると述べています。
「本当のところ、誰に何を売っているのか」を定義することで、「誰を喜ばせるか=誰に嫌われるか」が明らかになります。肯定的な形容詞はなるべく使わないのがポイントです。
またコンセプトは、人間の本性を捉えるものでなければなりません。生身の人間の気持ちや動きを捉えることで、より良いコンセプトが生まれます。
ごく日常の生活や仕事の中で、嬉しかったこと、面白いと思ったこと、不便を感じたこと、頭にきたこと、疑問に思ったこと、そうしたちょっとした引っかかりをやり過ごさず、その背後にある「なぜ」を考えることを習慣にする。回り道のように見えて、これがコンセプトを構想するための最上にして最短の道だというのが私の意見です。どんなに画期的なコンセプトも、発想の初めの一歩はそうした日々の習慣の積み重ねの中から生まれるものだと私は思っています。
ストーリーとしての競争戦略
コンセプトの例①:ブックオフ
リユースのインフラ=「捨てない人」のライフサイクルを豊かにする
<コンセプトに基づく個別の打ち手>
・少なくとも二〇台の駐車スペース
・自宅への中古本引き取り
・送料無料で本を送れる
コンセプトの例②:アスクル
小規模事業者のオフィス需要に対応する
<コンセプトに基づく個別の打ち手>
・小規模事業者の「明日来る」を実現
・消耗品を一つから発注できる
・品揃えとスピード
コンセプトの例③:スターバックス
「第三の場所」(third place)=職場、家庭に次ぐ「人々が安心して集える場所」
<コンセプトに基づく個別の打ち手>
・居心地のいい空間
・あえて客を待たせる(忙しい人を排除する)
・全席禁煙
例④:サウスウエスト航空
空飛ぶバス(バス比較されるほどの低価格を実現)
<コンセプトに基づく個別の打ち手>
・小規模第二次空港の直行便に特化(ハブ空港を使わない)
・短距離国内便特化
・機内食を出さない
・座席指定をしない
・代理店経由の発券を押さえ、自社発券する
・機体をボーイング737に絞る
「クリティカル・コア」の要諦
コンセプトとともに重要なのが「クリティカル・コア」です。クリティカル・コアは、戦略ストーリーの一貫性の基盤となり、持続的な競争優位の源泉となる中核的な要素です。
クリティカル・コアには、
①他のさまざまな構成要素と同時に多くのつながりを持っている
②一見して不合理に見える
という2つの特徴があります。
他の構成要素とつながることで因果論理を構成し、加えて、業界内の常識に反する(一見して不合理に見える)からこそ、他社は容易に模倣できません(動機の不在、意識的な模倣の忌避)。
その結果、「賢者の盲点」をつくことができます。さらに、模倣すること自体が差異を増幅させるという効果もあります(自滅の論理)。
クリティカル・コアの例:スターバックス
①他のさまざまな構成要素と同時に多くのつながりを持っている
・コンセプト:「第三の場所」(third place)
・構成要素:店舗の雰囲気、出店と立地、オペレーション形態、スタッフ、メニュー
・クリティカル・コア:直営方式による店舗運営(オペレーション形態)
・競争優位:WTP(Willingness To Pay:顧客が支払いたいと思う水準)の増大→長期利益
②店舗運営をあえて直営方式にする
多店舗経営では、フランチャイズのほうが「低コスト」「低リスク」「深い知識」「高いモチベーション」などのメリットがあるものの、あえて直営方式にする。
そうすることで、スターバックスは「第三の場所」というコンセプトを忠実に再現し、維持しています。それが、WTPの増大を実現し、競争優位につながります。
また、戦略がストーリーとして組み込まれているため、他社は容易にまねできません(動機の不在、意識的な模倣の忌避)。これが「賢者の盲点」をつくこととなるのです。
クリティカル・コアのその他の例
・マブチモーター
「モーターの標準化」→さまざまなニーズにあえて対応しない
・デル
「自社工場での組み立て」→労働コストが安いアジアなどにあえて委託しない
・サウスウエスト航空
「ハブ空港を使わない」→効率のいいハブ・アンド・スポーク方式をあえて使わない
・アマゾン
「巨大な物流センターを持つ」→Eコマース企業の特権である「身軽さ」にあえて反する
・アスクル
「ローカル文具店の活用」→中抜きによるスピードやコスト削減をあえて行わない
これらのクリティカル・コアがどう競争優位につながっていくのかは、実際に本書を読んで体感してみてください。そこに、面白いストーリーがあります。
一番大切なこと
最後に楠木氏は、「ストーリーとしての競争戦略」において“一番大切なこと”にふれています。それは「抜き差しならない切実なものがある」ということ。
この場合の「切実なもの」とは、自分(自社)がどうしても実現したいことに加えて、自分以外の誰かのためになることを指します。
自分が好きで、心底面白いと思えることであれば、人は持てる力をフルに発揮できます。その結果、良い仕事ができるし、自分以外の誰かの役に立てる。人の役に立っているという実感が、ますますその仕事を面白くする。ますます好きになり、能力に磨きがかかる。こうした好循環が仕事を持続させるのだと思います。
ストーリーとしての競争戦略
こうした主張は、その後の著作である『すべては「好き嫌い」から始まる』『「好き嫌い」と経営』『「好き嫌い」と才能』『好きなようにしてください』などにつながっています。
【まとめ】戦略ストーリーの「骨法一〇箇条」
①エンディングから考える
②「普通の人々」の本性を直視する
③悲観主義で論理を詰める
④物事が起こる順序にこだわる
⑤過去から未来を構想する
⑥失敗を避けようとしない
⑦「賢者の盲点」を衝く
⑧競合他社に対してオープンに構える
⑨抽象化で本質をつかむ
⑩思わず人に話したくなる話をする
【※別記事】経営学は経営の役に立つのか?『ストーリーとしての競争戦略』
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