経営学は経営の役に立つのか?『ストーリーとしての競争戦略』楠木建

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ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)

ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)

本書を単なる「競争戦略の本」と思って読むなかれ。

否、本書は、「経営学は役に立たない」という世界中のビジネスパーソン(主に経営者)から浴びせられてきたであろう批判に対し、その事実を甘んじて受け入れつつも、自らの研究成果を武器に反論する書である。

そこに、本書の「面白さ」がある。「ストーリー」がある。

【※別記事】3分でわかる『ストーリーとしての競争戦略』

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競争戦略をストーリーで解説

過去の書評やレビューを見ると、

「戦略をストーリーという視点でわかりやすく説明した良書」
「戦略には面白い“お話”が必要という鋭い考察」

などと解説されていることが多い。

たしかに、本書の大部分で行われているのは、戦略を論理的な打ち手のつながり(ストーリー)として分析し、解説した内容である。

スターバックスやマブチモーター、ガリバー、サウスウエスト航空などの豊富な事例は、それを裏付けている。

この点をとっても、本書は非常に秀逸である。だが、そうした主張の鋭さや方法論としての新規性が本書のすべてではない

“つながり”の重要性はすでに言及されていた

事実、本文でもふれられているように、「戦略の“ストーリー的な側面”に目を向けるべき」という類の主張は、以前からあった

たとえば、次のような記述がある。少し長くなるが引用したい。

(「「静止画」的な戦略思考ではなく、構成要素の因果関係が巻き起こす「流れ」や「動き」に着目した「動画」としての側面に光を当てるべき」という主張の補足として)
このような私の意図は沼上幹さんの提示した「行為の経営学」(action system theory of management)というパラダイムに強い影響を受けています。静止画的な戦略論があふれる中で、沼上さんは早くから、打ち手の相互作用や時間展開に注目した「行為のシステム」として戦略を理解することの重要性を主張しています。

ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)
行為の経営学―経営学における意図せざる結果の探究

「打ち手の相互作用や時間展開に注目した「行為のシステム」」を追求した結果、ストーリーという競争戦略の要諦が浮かび上がってくるのはごく自然な成り行きであろう。

さらに、次のように続けている。

沼上さんは、「カテゴリー解明法」のような論理が欠如しがちな思考法の問題点を指摘し、「メカニズム解明法」という思考法が論理的な思考にとって重要であるという主張を展開しています。メカニズム解明法とは、さまざまな要因や人々の行為と相互作用に注目し、時間展開の中でこれらが複雑に絡み合う様子を解明しようとする思考法を意味しています。メカニズム解明法はストーリーとしての競争戦略の基礎となる考え方です。

ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)

「カテゴリー解明法」とは、本書で言うところの「静止画」的な経営戦略の解釈である。そこでは論理のつながりが考慮されていない。たとえば、次のような発想である。

・ガリバーは「買取専門店」だから強い→うちも買取専門店にしよう
・デルは「ダイレクト販売」で成功した→うちもダイレクト販売をしよう

一方、メカニズム解明法では、「さまざまな要因や人々の行為と相互作用に注目し、時間展開の中でこれらが複雑に絡み合う様子を解明しようとする」

それはまさに、ストーリーに着目することと同義である。

本書に対する批判の内容

戦略を、個別の打ち手やアクションリスト、法則、テンプレート、ベストプラクティス、シミュレーション、さらにはゲームなどとして捉えるのではなく、あくまでもストーリーとして捉えよう。

それが、本書から読み取れる素直な“まとめ”であることは間違いない。

「優れた戦略とは思わず人に話したくなるような面白いストーリーだ」

ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)

そのような主張をわかりやすく、ロジカルに、かつ豊富な事例と(しつこいぐらいに)ていねいな筆致で展開しているのが本書である、というの事実だろう。

しかし、それだけで本書がベストセラーになったとは思えない。また、手法の効果性や再現性が評価されているとも考えにくい。

第一、競争戦略について知りたいのなら、経営学の入門書を読めば事足りるし、具体的な“打ち手”を知りたければ、優秀な経営者が書いた本を読むべきであろう。

その証拠に、本書の読者からは、次のような批判が寄せられているそうだ。

1.「『ストーリー戦略』ということで買って読んでみたのに、どうもそうじゃないじゃないか」という批判
2.「ストーリーテリングの話だと思ったのに…」という批判
3.「当たり前の話ばかりじゃないか」という批判
4.「結局、どうすりゃいいんだよ?」という批判

https://diamond.jp/articles/-/14387

(※詳細については『経営センスの論理 (新潮新書)』を参照)

これらの批判は、「すぐに実践できる具体的かつ効果的なノウハウを知りたい」という読者の思惑に紐付いている。だから落胆する。手法や方法論を知りたくて本書を手にとった人は、「それで結局、どうすりゃいいのよ?」となるわけだ。

忘れてはいまいか。著者である楠木建氏は、あくまでも“経営学者”である。“経営者”ではない。つまり、経営をすることが仕事なのではなく、学問することが仕事なのである。

「学問としての経営学」とは

ここであらためて「学問としての経営学」という点にふれておきたい。『経験から学ぶ経営学入門 第2版 (有斐閣ブックス)』の著者である奥林康司氏は、その序文で次のように述べている。

「「経営学を勉強しています」というと、よく、「お金が儲かっていいですね」といわれることがあります。しかし学問として経営学を研究している人でお金儲けの上手な人はあまりいません。」

経験から学ぶ経営学入門 第2版 (有斐閣ブックス)

また楠木氏も、本書で同様の事柄に言及している。

「学者としては実に素晴らしい仕事をしている経営学者であっても、もし現実に会社の経営をしたら、たちどころにその会社を破滅に追い込むこと間違いなしという人を、営業妨害になるのでここでは実名は伏せておきますが、私は即座に一〇人は挙げることができます。」

ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)

私は、こうした主張にこそ、経営学者としての披瀝があると思えてならない。

そして、経営学者が一般読者向けに書籍を書く際には、「経営学は役に立たない」という主張への反論を、半ば自虐的になりつつも、できるだけ冷静に、可能な限りロジカルに(学者的に)、提示せざるを得ないのではないだろうか。

そう考えると、「すぐに実践できる具体的かつ効果的なノウハウ」を求める読者の批判は当然であろう。そもそも、本書に対する期待の方向性が間違っているのだから。

書籍としての面白さとノウハウとしての実現可能性は、必ずしも一致しない、ということを、忘れてはならない

ちなみに、「経営学は役に立たないのか?」という問いに対し、奥林氏と楠木氏がそれぞれどのように応答しているのかについては後述する。

本書が多くの人に支持された理由

では、なぜ本書は支持され(続け)ているのだろうか

冒頭でも述べているように、本書は、「経営学は役に立たない」という世界中のビジネスパーソン(主に経営者)から浴びせられてきたであろう批判に対し、それを甘んじて受け入れつつも、自らの研究成果を武器に反論する書である。

その裏側には、幾千もの批判にあらがい、葛藤する、経営学者のリアルな姿がある。

私はそのあがきにこそ、“人間”が描かれていると考える。その葛藤と向き合う姿にこそ、読者は熱狂し、面白いと感じるのではなかろうか。

事実、積み重ねられた論理とともに、文章の間に間に、筆者の想いが見え隠れしている。

一〇〇通りの解決すべき問題のすべてについて、こうやったらいいですよ、こうすればたちどころに業績が上がりますよ、というような個別のソリューションは率直にいってありません。経営学と経営は違うのです。

ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)

「こうやったら業績が上がる」という法則は、大変に魅力的に聞こえるのですが、こと経営に限っていえば、そうした主張はどこまでいっても嘘なのです。

ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)

くり返しになるが、本書でなされている主張の裏側にあるものは、「これが競争戦略の本質だ」などといった生ぬるいものではない。また、「こうすれば会社が儲かるよ! 事業が成功するよ!」という方法論を提示したものでもない(そもそもそんなものは存在しない)。

そうではなく、「経営学者の言うことは机上の空論だ」「学者の分析など、現場では何の役にも立たない」「お前のやっていることは無意味だ」などと、直接的・間接的に言われてきた筆者(を含む学者諸兄)が、先人の研究成果や自らの知見・経験を提示しながらそれとなく反論しつつ、豊富な事例を用いて論理的に解説してくれている、類まれな書籍なのである。

そこに、本書の主張が「切実に」響いてくる理由があるのだ。

“実務家寄り”の経営学者として

加えて楠木氏は、一般的な経営学者と比べて、より実務家の方を向いている。アカデミックな研究成果より「現実世界での経営の役に立ちたい」という、強い動機がある。

著書『「好き嫌い」と才能』では、次のように述べている。

経営学の知識は、経営者が実践できるだけの説得力を持った知識であるべきであり、『わかった。これでいこう』と思わせる力を持っていなければならない。『よし、それでいこう』という気持ちを起こさせないといけない。実際に経営をしている経営者たちが『なるほど、そのやり方でいってみよう』という気持ちを起こさせないといけない」。これが加護野さんのご意見でした。この話を聞いて、僕は、実務家をストレートに向いた研究スタイルにはっきりとスイッチする決心がつきました。

「好き嫌い」と才能

「加護野さん」とは、神戸大学名誉教授の加護野忠男氏のことである。加護野氏の意見は、「実務家向けの「学芸」をやりたい」「自分の考えをエンドユーザーに直販したい」と考えていた楠木氏にとって、その後の仕事の方向性を規定するものであった。

結局、僕が好きなのは定量的な実証研究ではなく、事例の断片から自分の論理を組み上げていくような定性的な研究だということですね。このやり方で論文を書いても学術雑誌にはアクセプトされにくいのですが、30代半ばで開き直って、「掲載されなくてもいいから、好きなように書こう」となりました。

「好き嫌い」と才能

定量的な研究が嫌いな楠木氏が、定性的な研究としてのインタビューを重ね、その成果を、アカデミックな方向というよりは実務家へと向けていく。その集大成こそ本書なのである。

過去の蓄積があり、研究成果があり、葛藤があり、切実さがあり、情熱があり、論理やつながりの解明がある。さらには著者の「好き」が凝縮されている

そんな本書が、「面白く」ならないわけがない。

経営学は経営の役に立つのか?

最後に、「経営学は経営の役に立つのか?」という点にふれておきたい。

前出の奥林氏は、経営学の役目について次のように述べている。

「学問は「なぜか」という人間の素朴な疑問に答えるのが本来の役目ですから、経営学においても、企業はなぜそのような経営を行っているのか、なぜそのような行動をしているのかを明らかにすることが第1の課題になります。そのような客観的な知識に基づいて各人がどのような行動をするかは個人の判断に任されています。」

経験から学ぶ経営学入門 第2版 (有斐閣ブックス)

一方で楠木氏は、学問としての「理屈」の意義を次のように述べている。

「いやー、ビジネスなんて理屈じゃないよね」ということで、のっけからけもの道を爆走しているだけでは、肝心の野生の勘をつかめないはずです。野生の嗅覚が成功の八割にしても、二割の理屈を突き詰めている人は、本当のところ何が「理屈じゃない」のか、野生の嗅覚の意味合いを深いレベルで理解しています。「ここからは理屈ではなくて気合だ」というふうに気合の輪郭がはっきり見えています。だからますます「気合」が入り、「野生の勘」に磨きがかかる。「理屈じゃないから、理屈が大切」なのです。

ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)

また、『経営センスの論理 (新潮新書)』では、「抽象化」の重要性についても言及している。

実務経験がある人でも、具体的な経験はしょせんある仕事や業界の範囲に限定されている。抽象と具体の往復運動ができない人は、いまそこにある具体に縛られるあまり、ちょっと違った世界に行くとさっぱり力が発揮できなくなってしまう。また、同じ業界や企業で仕事を続けていても、抽象化や論理化ができない人は、同じような失敗を繰り返す。ごく具体的な詳細のレベルでは、ひとつとして同じ仕事はないからだ。必ず少しずつ違ってくる。抽象化で問題の本質を押さえておかないと、論理的には似たような問題に直面したときでも、せっかくの具体的な経験をいかすことができなくなる。

経営センスの論理 (新潮新書)

個別の打ち手やアクションリスト、法則、テンプレート、ベストプラクティスなど、わかりやすく安易な手法にすがりがちな実務家にとって、まさに、目が覚めるような指摘である。

【※別記事】3分でわかる『ストーリーとしての競争戦略』

ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)


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