常に「アウェイ」な環境に身を置くことの大切さ、「強み」に閉じ込められる怖さ|HUFF POST
成長するためにあえて「アウェイ」に身を置く。
居心地の良さに気づくこと
「井の中の蛙」ほど惨めなものはない。外には大海原が待ち構えているというのに、ちっぽけな場所で満足し、傲慢になっている。外の世界には、自分が知らないことが山ほどある。刺激も興奮も無限大だ。
アウェイとはつまり「テリトリーの外」。つまりは「暗闇」とか「敵の土俵」ということだ。相手のふんどしで勝負ができているうちは良いが、外の世界に出ればそんな余裕はなくなる。
仲間内では「最強の麻雀打ち」だとしても、真剣勝負の場においては手も足も出ないということが往々にしてある。外の世界を知らず、鍛錬を忘れ、卑小な勝利の上にあぐらをかいていただけだったのだ。
がむしゃらに強さを求めていた頃と違い、気負いも勢いもなくなってしまえば、あとは老いる一方である。
変化は“善”か?
もっとも、井の中の蛙でい続けた場合はどうだろう。外の世界を知らず、自分より強い者がいることを知らず、我こそが天下だと満足している。
なるほどそこに成長はない。ただ満足があればそれは「矮小な」幸せと呼べなくはないだろうか?
「幸せに大小などない。あるのは本人が幸せを感じるかどうかと、感じ方の度合だけだ。相対的なものではなく、絶対的なもの――。」そう考えている人間にとっては、アウェイなど地獄でしかない。
そこへ誘う人間は、つまり悪魔だ。
本質を軸に視点を変える
変化がいつも善とは限らない。成長が常に好ましいと考えるのは短絡的である。とかく、企業家は成長志向を「神のように」崇める悪い癖をもっているが、退化することで新しい世界が見えることもあるのだ。
本質を軸として視点を変えてみてはどうか。厳しい環境でスパルタに鍛えあげるのではなく、夕方の6時きっかりに退社して繁華街にでもくり出してみると良い。
大切なのは「環境のアウェイ」だけでなく、「思考のアウェイ」なのだから。
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