「君は、ものごとを単純にとらえすぎる」
「あなたの発想は常識的だ」
「一つのことにとらわれて全体が見えなくなっているんじゃないか?」
あなたは、このように言われたことはありませんか?
もしくは
・ほかの人の意見に納得できなかったけど、「まあいっか」とやり過ごしてしまった
・本当はちょっとひっかかるけど、他人の意見を消極的に受け入れてしまった
・「あなたの意見は?」と言われて、自分の考えがまとめられなかった
などの経験をしたことがあるのではないでしょうか。
そこで!
・自分なりの考え方を身につけたい!
・自分の考えをはっきり言葉にしたい!
・もっと自分の意見を発信したい!
などの悩みを抱えている人に、本書、『知的複眼思考法』をオススメします!
知的複眼思考法とは
著者の苅谷剛彦(かりやたけひこ)先生は、東京大学教育学部卒業。同大学院教育学研究科修士課程修了。ノースウェスタン大学大学院博士課程修了。放送教育開発センター研究開発部助教授などを経て、東京大学教育学研究科教授。2008年よりオックスフォード大学教授を兼任、2009年に東大を辞職されています。
そんな苅谷先生が1996年に書かれた本書は、タイトルのとおり「知的複眼思考法」という、考え方の技術を伝授したものです。
複眼思考とは、
ものごとを単純にひとつの面から見るのではなく、その複雑さを考慮に入れて、複数の側面に注目することで、あたりまえの「常識」に飲み込まれない思考の仕方
のことです。
知的複眼思考を身につけることによって
・人の意見を簡単に受け入れず、批判的にとらえられる!
・自分なりの考えを、自分のことばで表現できるようになる!
・常識にとらわれず、自分の頭で考える力が身につく!
などの効果が期待できます。
それではさっそく、本書の中身に入っていきましょう!
あなたの意見はつまらない?
ところであなたは、「話がつまらない人」の特徴をご存知ですか?
たとえば
「今は情報化の時代だから……」
「日本は集団主義の社会だから……」
「日本ではまだ女性差別が根強いから……」
などの意見は、“あたりまえ”すぎて、おもしろくないですよね。
その原因は、ズバリ、常識やステレオタイプにとらわれてしまっているため。
つまり、自分の頭で考えることなく、知っていることや世間で言われていることをそのまま発信しているだけでは、おもしろくないのです。
たしかに、常識的なものの見方は、「ほかの人と同じ」という安心感を与えてくれます。
しかしそれでは、いつまで経っても、自分なりの意見をもつことはできません。
では、どうすればいいのでしょうか?
知的複眼思考法を活用しよう!
そこで活用したいのが「知的複眼思考法」です。
知的複眼思考とは、ありきたりの常識や紋切り型の考え方にとらわれずに、ものごとを考えていく方法です。
複数の視点を自由に行き来することで、一つの視点にとらわれない「相対化」を目指します。
たとえば、「情報化の時代」と言ったとき。
それだけでは、情報収集が大事なのか、ツールを使いこなせることが大事なのか、はたまた情報発信に力を入れるべきなのかわかりません。
そのような紋切り型の言葉を安易に使うのではなく、「そもそも情報化ってどういうこと?」「自分にとって何が大事なのだろう?」「社会にとっての意義とは?」などと考えることが、知的複眼思考法のスタートとなります。
とくに重要なのは、「脱常識」の発想です。
常識とはつまり、他人の意見を集めた知識のこと。知識に依存していると、自分の頭で考えることはできません。「知ること≠考えること」ではない点に注意してください。
また、「どこかに正解があるはず」と考え、答えを探すのも「考えること」とは異なります。頭のいい人ほど、そのような「正解信仰」に陥ってしまいやすいので注意が必要です!
<目次>知的複眼思考法3つのトレーニング
それではさっそく、知的複眼思考法を身につけるためのトレーニングについて見ていきましょう。トレーニングは、レベルに応じて3つの段階があります。
ステップ①基礎編:批判的に読む・批判的に書く
ステップ②実践編:問いを立てる
ステップ③応用編:視点を変える
ステップ①基礎編:批判的に読む・批判的に書く
ファーストステップは「批判的に読む・批判的に書く」です。具体的には、「読書」と「作文」を通して思考力を磨いていきます。
では、なぜ読書と作文が考えることにつながるのでしょうか?
その理由は、読むことも、書くことも、いずれも「活字」を通して行われるからです。
話したり聞いたりするときのように、情報が自動的に流れることがなく、立ち止まって思考できるため、どちらも考えるトレーニングとしては最適なのです。
■読書
読書をする際のポイントは次の2点です。
1.著者と対等な立場に立つ
1つ目は「著者と台頭な立場に立つ」です。
有名な思想家や学者や評論家の本を読むと、「勉強になった!」「少し賢くなった!」などと、なんとなく「わかった」ような気がしますよね。
けど、知識を受容するだけでは、自分の頭で考えたことにはなりません。
そこで、古典や名著をただ読むのでなく、その著者が「何を書き、何を書かなかったのか」「その理由は?」まで、考えるようにしてください。
どんなにスゴい著者も、一人の人間です。文章を書いているときには、悩みや葛藤もあったはずです。そのようなところまで意識を向けてみるのです。
さらにそこから、「自分だったらどう書くか?」を考えてみると、執筆プロセスや著者の考え方も学ぶことができます。大切なのは、“著者の考え方”を学ぶことです。
そのようにして、本との向き合い方、そして著者との関係性を変えていきましょう。
2.批判的に読む
2つ目は「批判的に読む」です。
批判というと、相手を「攻撃する」「非難する」というイメージが強いですが、そういうことではありません。
あくまでも、著者の思考過程をきちんと吟味しながら読む、ということです。
具体的には、
・読んだことをそのまま信じるのではなく、「おかしいな」と思ったら読み返すこと
・「どんな目的で書いているのかな?」などと、著者のねらいを考えてみること
・論理に飛躍がないか、根拠が薄くなっていないか、矛盾がないかをチェックすること
・著者が暗黙のうちに伝えようとしているメッセージをふまえて読みすすめること
などが、ポイントとなります。
たとえば本書では、「幼稚園児も4割を超す」という見出しの新聞記事が紹介されています。4割とは、塾や家庭教師などの補助教育を受けている割合のこと。
これだけ見ると、つい「受験ブームがついに幼稚園児まで及んだか!」と思ってしまいますが、果たして本当にそうなのでしょうか。
よくよく読んでみると、調査をしているのが銀行であること、調査対象者が銀行の顧客であること、さらに回答者が735人しかいないことなど、いろいろと偏りがありそうです。
つまりこの記事は、「受験ブームの低年齢化」を示しつつ、銀行が「教育ローンの推進」を暗に助長しているのかもしれません。
このように、記事を鵜呑みにするのではなく、おかしいなと思ったら読み返し、著者の狙いを考えたり、論理の飛躍や根拠の薄さを疑ってみたり、さらには暗黙のメッセージまで考えてみてください。
それが、批判的に読むということであり、考える練習になるのです。
■作文
次は作文です。作文をする際のポイントは次の2点です。
1.論理的に書く
1つ目は「論理的に書く」です。
論理的というと、「なんだか難しそう」と思う人もいるかもしれませんが、難しく考える必要はありません。ポイントはただ1つ。
文と文のつながりに気をつけながら、文章を書いていく
それだけです。
1つ1つの文がまとまって「文章」になります。論理とは、文と文とのつながりです。そのため、それぞれの文がどうつながっているのか、考えながら書いてみましょう。
論理を明確にするためのコツとして、本書では6つの手順が書かれています。まずは、この流れに沿って文章を書く練習をしてみましょう。
(1)まず結論を述べてから、その理由を説明する
(2)理由が複数ある場合には、あらかじめそのことを述べておく
(3)判断の根拠がどこにあるのかを明確に示す
(4)推論しているのか、断定しているのかを、わかるようにする
(5)別の論点にうつるときは、それをことばで示す
(6)文と文がどのような関係にあるのかを明確に示す
「ちょっと難しいかも……」と思った方は、まず、接続詞に注意して文章を書いてみてください。
たとえば、
・(主張)なぜなら(根拠)→「私はこう思う。なぜなら〜だからだ」
・(複数の理由がある場合)そして→「〜である。そして〜でもある」
・(反対のことを述べる場合)一方で→「〜と言われている。一方で〜」
・(話をまとめる)このように→「〜ということだ。このように〜」
これらの接続詞を意識してみるだけで、文と文のつながりがわかりやすくなります。それが、論理的に文章を書くための第一歩となります。
2.批判的に書く
2つ目は「批判的に書く」です。
「批判的」という言葉は、読書のところでも出てきましたね。ここでも、攻撃したり非難したりするということではなく、「思考過程を吟味する」という意味になります。
読む場合の批判が「著者」に対して行うのに対し、書く場合の批判は「自分が書いた文章」に対して行います。具体的には、「自分とは異なる立場の人が読んだらどうなるか?」と考えながら、文章を書いてみるのです。
本書ではこれを「一人ディベート」と呼んでいます。
たとえば、「中学生にとって制服は是か非か」という問題について書くとき、自分は賛成だったとしても、あえて反対の立場からも考えてみるのです。
賛成する理由が「規律が守られやすい」ということであれば、反対の立場から「それは本当か?」「他の方法では規律が守られないのか?」「制服のマイナス面にも配慮しているか?」などと考えてみる。
そのような反論を踏まえたうえで、きちんと応答できる文章が書ければ、論理の甘さをなくすことにつながります。
また、自分の立場を客観視することにもなるため、単眼的ではなく、複眼的に物事を考える練習にもなるのです。
②実践編:問いを立てる
基礎編の次は、セカンドステップとなる「実践編」です。
実践編では「問いを立てる」ことにチャレンジします。
ファーストステップの「読み・書き」で、「自分の頭で考える」感覚が、なんとなくつかめたでしょうか。
次のステップでは、疑問を持ち、さらに、疑問を問いに変換する練習をします。
冒頭で、「脱常識」というお話をしましたが、ここでの疑問はまさに、「常識」に対して疑問をもつということです。
たとえば、「いまは情報化の時代だ」という常識があったとき。
「情報化って言うけどそもそもどういう意味?」「何がどうなったら情報化していると言えるのかな?」「そもそもなぜ情報化しているのかな?」などと考えてみます。
このように、常識とされている事柄や紋切り型の言葉に対し、疑問をもつことが、より深く考えるきっかけになります。
ただし、疑問はあくまでも「感じる」もの。ここから答えにつながる行動をおこすには、「問い」のかたちにする必要があります。それも、はっきりした問いを立てることが大事です。
たとえば、「今は情報化の時代だよね」と言われ、「そもそも情報化ってなんだろう?」という漠然とした疑問を、
・情報化という言葉の定義は?
・はじめて日本で情報化という言葉が使われたのはいつ?
・なぜ情報化が重要視されているのか?
などととしてみる。
これを「問いの展開」と言います。問いを展開することで、問いが問いを生み、より深く考えられるようになります。
では、どのようにして問いを展開すればいいのでしょうか。本書では主に2つの方法が紹介されています
1.実態を問う(どうなっているの?)
2.因果関係を問う(なぜ?)
1.実態を問う(どうなっているの?)
1つ目は「実態を問う」です。合言葉は「どうなっているの?」。
言葉の定義を明らかにし、どのような状態であるのかを調べるための問いです。たとえば、「情報化した社会はどうなっているの?」「どうなったら情報化と言えるの?」などの問いが当てはまります。
2.因果関係を問う(なぜ?)
2つ目は「因果関係を問う」です。合言葉は「なぜ?」。
たとえば情報化であれば「なぜ情報化しているの?」「なぜ情報化が重要なの?」という問いを立てることで、その背景を調べ、理由を探ることができます。
いわゆる「原因と結果」の関係です。原因を追求する過程で、様々な視点にふれることができます。
問いを立てる基本は、この2つの手法が中心となります。あらゆる常識やステレオタイプに対し、「どうなってるの?」「なぜ?」という問いを立て、思考を膨らませてみましょう。
例題として、本書で紹介されている事例に「最近の大卒就職は難しい」というものがあります。この問いを展開していくと
なぜ就職難が起きるのか?
↓
・男子大学生の就職はどうなっているのか?
・女子大学生の就職はどうなっているのか?
↓
なぜ男女で違うのか?
↓
・有名大学の女子の就職はどうなっているのか?
・他の大学の女子の就職はどうなっているのか?
↓
なぜ大学によって違うのか?
↓
というように、次から次へと問いが広がっていきます。このように、「どうなってるの?」「なぜ?」を繰り返すことによって、思考が深まっていくのです。
さらに問いを展開させてみたい方は、
3.疑似相関を見破る
4.主語を分解する
5.概念レベルで考える
などの手法についても本書でふれられています。ぜひ参考にしてみてください。
③応用編:視点を変える
基礎編、実践編の次は、最終ステップとなる「応用編」です。
応用編では「視点を変える」ことにチャレンジします。
正直なところ、「読み・書き・問い」の3つをトレーニングしていれば、考える力はかなりつくと思います。ですので、最終ステップである「視点を変える」は、考える力が十分についてからでいいかと思います。
そのうえで、応用編について見ていきましょう。ポイントは3つあります。
1.関係をみる
2.逆説の発見
3.問うことを問う(メタ思考)
1.関係をみる
1つ目は「物事の関係をみる」です。
手順はこうです。
①まず、目の前の問題(事象)に対し、どのような要素・要因が含まれているのかを考えてみる。
②そのうえで、それぞれの要因にはどのような関係性があるのかを検討する。
③さらに、複数の要因の中で、問題としている事柄がどのような位置を占めているのかをみていきます。
では、なぜ関係を見ることが大事なのでしょうか。実は、どのようなことがらも、複数の要素が関係して一つの現象となっています。そのため、特定の要素・要因だけに注目していると、視点が固定されてしまい、本質を見抜くことができません。
たとえば、「偏差値教育によって学校は窒息した。だから偏差値はなくすべき」という意見について考えてみましょう。
たしかに、偏差値教育の偏重が、画一的な評価や価値判断を生んでいる側面もあるかと思います。数字だけで生徒の能力を判断してしまうと、競争ばかり意識してギスギスし、学校は息苦しい場所になってしまうかもしれません。
しかし、だからといって、「偏差値をなくせば教育はよくなる」と考えてもいいのでしょうか。それではあまりに短絡的ではないでしょうか。
本来は、偏差値という一つの基準だけ見るのではなく、「試験問題の中身」「入学試験などの選抜のあり方」「進路指導の方針」など、教育に影響を与えているさまざまな要素を、総合的に考えなければなりません。
そのうえで、それぞれの問題に「偏差値」がどう絡んでいるのかを検討し、具体策を考案していく必要があります。
「偏差値が悪い=偏差値をなくせばいい」とだけ考えていると、本質的な議論ができないばかりか、抜本的な解決策も見えてきません。だからこそ、偏差値だけでなく、それを取り巻く事象とその関係性を見ていくことが大事のです。
2.逆説の発見
2つ目は、「逆説の発見」です。
逆説とは、そもそもの意図とは離れて、当初に目指されていたこととは反対の結果を生み出している事象のことです。
とくに本書では、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を例に挙げ、ぜいたくをしたいという欲求とは反対に、倹約や節度を求める禁欲的な生活態度が資本主義を生んだ、という逆説を紹介しています。
このような逆説の発見は、まさに脱常識の発想です。
つまり、世の中にあるものごとを、逆説的な出来事としてとらえ返す目をもてば、「以外な結果」や「皮肉な結果」にいたるプロセスを明るみにし、複眼思考につながります。
そのために注目したいのが「にもかかわらず」という接続詞です。
たとえば、「はじめは◯◯であった。にもかかわらず、△△になった」という反転の事態に注目し、そのプロセスを丁寧に追っていけば、因果関係にとどまらない逆説の思考にまで視野を広げることができるでしょう。
3.問うことを問う(メタ思考)
3つ目は、「問うことを問う(メタ思考)」です。
具体的には、問題の渦中にあって問題に取り組むのではなく、ひとつ違うレベルに立って、当の問題自体をずらしてみること。そのような「問うことを問う」のが、メタ思考です。
たとえば、「どうすれば上手にパソコンを使いこなすことができるか」という問題があったとしましょう。
そのとき「キーボードの使い方をマスターする」「ソフトの活用を推進する」「リテラシーの向上を目指す」などと考えるのではなく、「なぜ、パソコンを上手に使いこなす必要があるのか?」と、問題そのものを問いにしてみるのです。
そうすることによって、「何が問題か?」「なぜそれが問題か?」などと、思考が複眼的に広がっていきます。
さらに、「その問題によって誰が損・得をするのか?」「その問題が解けたらどうなるか?」などと、問題を少しずつ“ずらして”いけば、思考はさらに深まります。
このように、目の前の問題に取り組むだけでなく、問いを問う「メタ思考」によって、複眼思考がさらに発展していきます。
<まとめ>
いかがでしたでしょうか。
最後に、ここまでのお話をまとめておきます。
・自分の頭で考えるとは、常識を疑うこと!
・常識を疑うために、批判的な読み・書きのトレーニングをしよう!
・ステレオタイプに疑問をもち、問いを立ててみよう!
・物事の関係性、逆説、メタ思考で視点を変えてみよう!
また知的複眼思考法では、次のような「考える力」が養われます。
・的確に、批判的に、情報を読み取る力
・論理的に自分の考えを展開する力
・素朴な疑問からスタートして、それを明確な問いとして表現する力
・問いを立てる力と展開する力
・隠された問題を探し出す力
これらのスキルは、学業や仕事だけでなく、広く社会で活躍するために、あらゆるシーンで必要とされるものです。
ぜひ、本書によって、知的複眼思考法をマスターしてみてください!