文学・小説の系譜には、古典派、ロマン派、写実派、自然派、心理派、問題提起派など、さまざまな流派があります。ただ、それぞれの違いは複雑です。
これらのうち、とくに“創作”に関わる区分として意識しておきたいのは「ロマン主義」と「写実主義」の2つです。これらのうち、いずれを選択するのかによって、自らの書く(読む)べき方向性が規定されます。
事実、東大で英文学を教えていた小泉八雲ことラフカディオ・ハーンは、ロマン主義と写実主義を比較したうえで次のように述べています。
若い学生の見方からすると、二者択一の選択は絶対に必要なのである。
では、なぜこの2つが重要なのでしょうか。それぞれの違いとともに考えてみましょう。
ロマン主義とは
ロマン主義は、18世紀から19世紀にかけてヨーロッパで広がった思想の傾向です。
自我の自由な表現を尊重し、知性よりも情緒を、理性よりも想像力を、形式よりも内容を重んじている主観的な作風が特徴です。
英語ではロマンティシズム(romanticism)、フランス語でロマンティスム(romantisme)などと表記されています。
<ロマン主義の特徴>
・情緒や自然の重視
・超理性的なものや永遠に向かう傾向
・創造的個性の尊重
・理想主義、神秘主義の傾向
・自我の絶対の解放を目指す
・異郷や過去にユートピアを求める
・個性、空想、形式の自由を強調
ロマン主義が広がった背景
ロマン主義は、17世紀以来の「古典主義(普遍的、理性的なものを理想とする)」を、人間精神の内奥の力を否定するものとして攻撃しています。
つまり、それまでの主流であった古典主義や合理主義、啓蒙思想の反動としてロマン主義が生じたというわけです。
事実、理性と合理主義に対しては感情と非合理を強調し、伝統と歴史の軽視に対してはむしろそれを擁護し、普遍主義や世界主義に対しては個性主義や国民主義を標榜しています。
ちなみにその背景には、フランス革命が自由と平等の理想を実現できなかったことへの幻滅があることも押さえておきましょう。
ロマン主義の作家
このような前提を踏まえて、ロマン主義系の小説を読んでみると、より理解が深まるかと思います。
海外の代表的なロマン主義作家としては、主に、つぎのような人物が挙げられます。
<ロマン主義の作家(海外)>
・ハイネ『歌の本』
・ユゴー『レ・ミゼラブル』
・バイロン『チャイルド・ハロルドの巡礼』
英国:ワーズワース、コールリジ、シェリー、キーツ
ドイツ:ゲーテ、ノバーリス、シュレーゲル、ヘルダーリン、クライスト
フランス:ルソー、スタール夫人、ミュッセ
日本におけるロマン主義
日本におけるロマン主義は、「浪漫主義」という字があてられ、明治20年代以降にあらわれています。
その特徴としては、個人主義・自由主義思想の発展に伴い、封建制からの自我の解放・確立を目指していることが挙げられます。
具体的には、森鴎外の評論、北村透谷や島崎藤村らの「文学界」の運動、与謝野鉄幹や与謝野晶子らの「明星」に発表された詩歌、泉鏡花や国木田独歩の小説などがあります。
一方で、空想的・唯美的芸術も志向しており、昭和40年代には「スバル」「三田文学」を中心に永井荷風や谷崎潤一郎による耽美主義的文学も出現しています。
<日本のロマン主義(浪漫主義)の特徴>
・自我の解放
・恋愛至上
・空想的唯美
・幻想と神秘
・自然の永遠性
<日本のロマン主義の作家>
・北村透谷『蓬莱曲』
・泉鏡花『高野聖』
・国木田独歩『武蔵野』
写実主義とは
写実主義は、19世紀中頃のヨーロッパで、ロマン主義に対立するかたちで興りました。
主観を抑え、社会の現実および事物を理想化したり美化したりせず、ありのまま描写しようとする客観的な作風がその特徴です。
また、写実主義の作品は観念的なものや想像的なものを嫌う傾向があり、冷徹客観的な観察と分析によって現実社会の諸相を克明に描いています。
<写実主義が否定したもの>
・情緒過剰
・現実逃避
・誇大雄弁なレトリック
・自我礼賛
写実主義の作家
写実主義の作品として有名なのは、フローベールの『ボヴァリー夫人』です。
フローベールは、作者の主観を徹底的に排除し、没個性と無感動性の客観主義、および精緻な観察と綿密な資料によってひとつの世界を構築しています。
その他、以下の作家なども広く知られています。
<写実主義の作家>
・スタンダール『赤と黒』
・バルザック『人間喜劇』
・フローベール『ボヴァリー夫人』
・ディケンズ『二都物語』
・トルストイ『戦争と平和』
・ドストエフスキー『罪と罰』
写実主義から自然主義へ
写実主義は、やがて自然科学の客観性と厳密性を取り入れて「自然主義」へと発展していきます。自然主義の作家としては、フランスのゾラが有名です。
写実主義との違いは必ずしも明瞭でないものの、現実をつくり上げている科学的根拠としての「原因」を追求している点に特徴があります。
具体的には、自然科学的な観察や実験の方法を用い、想像力を排して人間の生の実相に迫ろうとしている点は、自然主義の特徴としてとくに注目したいところです。
<自然主義の作家>
・ゾラ『居酒屋』
・イプセン『人形の家』
・モーパッサン『女の一生』
日本における写実主義
日本においては、イギリスで文学を学んだ坪内逍遥や、同じくロシアで文学を学んだ二葉亭四迷によって、近代写実主義の手法が導入されました。
とくに二葉亭四迷の『浮雲』は、日本における最初の本格的な写実小説として広く知られています。
その後、フランスから入ってきた自然主義の流れを受け、日本の写実主義は、作者自身の個(内面の自我)を描く「私小説」へと変貌。日本特有の文学を生み出しています。
<日本の写実主義作家>
・坪内逍遥『小説神髄』『当世書生気質』
・二葉亭四迷『浮雲』
・尾崎紅葉『金色夜叉』
・樋口一葉『たけくらべ』
<日本の自然主義作家>
・田山花袋『蒲団』
・徳田秋声『新世帯』
・正宗白鳥『何処へ』
・島崎藤村『破戒』
創作において大切な適性の把握について
以上のことから、近代文学の系譜は、古典主義への反動から生じた「ロマン主義」と、そのロマン主義への批判から生まれた「写実主義」に大別できるとわかります。
そして両者の違いは、大雑把に括ってしまうと、次のように表現できます。
・ロマン主義:主観的。個性的。理想的。「想像」が土台になる
・写実主義:客観的。無個性的。現実的。「観察」が土台になる
このうち、自分の特性がどちらに傾いているのかを知ることによって、創作に必要な書き・読みの方向性をつかむことができます。
つまり、自分は「想像型」なのか「観察型」なのかを知り、その方向にむかって成長していくことが大事というわけです。
あらためて、小泉八雲ことラフカディオ・ハーン先生の言葉を引用してみましょう。
自分の文学的才能がどのような方向に成長しているかを発見することは、きわめて重要なことである。もし自分が、観察力よりも想像力によってよりよく創作できると感じたなら、ぜひロマン主義的な作品を書いてみるべきである。しかし、自分は自分の感覚を駆使した方が――観察したり、比較したりして――うまくやれると感じたなら、自分自身に対する義務として、写実主義的な手法を採用するべきであろう。そして、文学にかかわる生活全般を、いずれかの方法を採るかによって決めなければならない。
『小泉八雲東大講義録』ラフカディオ・ハーン
まとめ
本稿では、文学におけるさまざまな傾向のうち、主にロマン主義と写実主義の違いを紹介しました。それぞれの特徴は以下のとおりです。
・ロマン主義:感情、非合理、個性を重視
・写実主義:無感情、客観、観察・分析を重視
これらの違いを踏まえて、自分がどちらに向いているのかを知ることで、文学的な素養をより深めることが可能となります。
・ロマン主義:主観的。個性的。理想的。「想像」が土台になる
・写実主義:客観的。無個性的。現実的。「観察」が土台になる
ぜひ、自らの文学的特性を知り、読み・書きのレベルを高めていきましょう。
参考
『小泉八雲東大講義録』ラフカディオ・ハーン