レストランで料理に文句を言うならまだしも、厨房まで入ってきたら、それはただの輩ですよ。文章でも同じです

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料理人,ライター

考えてみると、「食通」ほど、料理人にとってジャマな存在はいないでしょう。料理についてあーだこーだと文句を言ったあげく、最近では「食べログ」とか「ぐるなび」に好き勝手書かれてしまう。その食通が料理人だったらまだしも、料理の“りの字”も知らないってんだからタチが悪い。

けど、これって、ライターにおける文章でも同じことなんですよ。


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「小説とか読んでるんで、文章にはうるさいですよ」

こう言われると「ドキッ」とします。だってそれは、食通が「いつも料理食べてるから、料理にはうるさいぜ」と言っているのと同じですから。

正直、身構えてしまうのです。「ああ、また素人にぶつくさ言われるのか」、と。

これは、料理人にとっても、ライターにとっても、かなりのストレスになります。もちろん、ボクはビジネスマンなので、クライアントの要求には120%応えますが、それでも、「オレ、文章にはうるさいよ」なんて言われると、まるで脅迫のように聞こえてくるんです。

ふつうの人は、厨房までは行きません

もちろん、ふつうの人は、たとえ料理に文句があっても、厨房にまでは行きません。テーブルでパートナーを相手に「この料理はここがダメだよ。◯◯は多いし、◯◯は少ないし、全体のバランスを整えるにはもっと◯◯を使わなきゃ」と言うだけ。

それはまだいいんです。だって、お金を払っていますから。

けど、厨房までやってきて、「この料理は◯◯がダメだから、オレが作りなおしてやるよ。ちょっと包丁かしてみ!」としてしまえば、それは明らかに“輩”です。ただの営業妨害でしかない。

「一緒に美味しい料理をつくろうぜ!」って? 大きなお世話ですよ。少なくとも相手はプロなんですから。

「自分にもできる」という大いなる錯覚

こういう人は、きっと、「自分にもできる」という錯覚に陥っているんだと思います。つまり、想像力が欠如している。「オレにだってうまい料理がつくれる」「オレのほうが良い文章を書ける」。それが錯覚ではなくて、なんだと言うんでしょうか

こういう話があります。ある画家が、道端でスケッチを求められ、30秒で書きあげた。それを「5万円で買い取ってほしい」と申し出た。すると相手は、「でもあなたは、この絵をたったの30秒で書きあげたじゃないですか!」と言った。しかしその画家はこう言った。

30秒ではありません。“30年と”30秒です」。

職人とバイトの違いがわかる人であってほしい

職人とバイトを同列に扱っていると、いつの日か、心あるひとから見捨てられてしまうと思います。大げさでもなんでもなくて、ボクたちは、自分の仕事に命をかけているんです。

プロの料理人はうまい料理をつくることに命をかけているし、プロの格闘家は相手をぶっ殺すことに命をかけているし、ライターは良い文章を書くことに命をかけている。少なくともボクはそうです。

24時間365日、良い文章とはなにか、良い文章とはなにか、良い文章とはなにかと考え続け、考え続けながら仕事をして、そして少しずつ成長していく。よりご満足いただくために。

知ったかぶるのはやめにして、自分の仕事に精を出そう

目の前にプロの料理人がいて、その人がつくった料理なら、とりあえず全部たいらげて、できることなら文句も一緒に飲み込んでしまいましょうよ知ったかぶるのはやめにして

プロというのは、アルバイトとも、サラリーマンとも異なります。ある意味ではオタクに近い。それでも、真摯に誠実に、自分が専門とするものに向き合って、悩んで、命を削っている。

適当に仕事をすることもできるんですよ。でも、プロに見限られて、気分を害されてしまって、適当に仕事をしたからと言って、果たして、あなたにそれがわかると言うんですか?

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