価格の心理学 なぜ、カフェのコーヒーは「高い」と思わないのか?
価格を決めるのは難しい。
とくに、新製品や新サービスはなおさらである。まさか前例がないからといって適当に価格を決めるわけにはいかない。虎の子の新製品・新サービスである。価格設定を間違えれば失策につながりかねない。
では、コストに利益を上乗せして価格を決めてはどうか?顧客に対しても、どうしてその価格設定なのかを論理的に伝えられるし、丁寧に説明すればきっとわかってくれるはず。
——残念だがそれは間違いだ。なぜなら顧客にとって「企業側の都合などお構いなし」だからだ。
なぜ買うのか?
企業側の血のにじむような努力も、長年の研究も、顧客にとっては関係がない。興味がない。場合によっては、それを前面に出すことで「押しつけがましい」印象を与えてしまいかねない。
たとえそれだけのコストがかかっていようと、顧客は「自分の感覚を基準とした」価格に見合った商品しか買わない。予算を超えてまでサービスを利用しようとはしないのだ。シビアでケチな消費者のことである。財布のひもは固い。
そして価格は、一度設定したあと、おいそれと変えることができない。値上げをすれば顧客は離れてしまうし、値下げをすれば既存ユーザーに不満が生じる。だからこそ慎重に設定しなければならないのだ。
戦略的な価格設定のための3つの質問
では“戦略的に”価格設定をするにはどうすれば良いだろうか?『価格の心理学 なぜ、カフェのコーヒーは「高い」と思わないのか?』から得られたのは「以下の3つの質問に答えること」だ。
1.顧客に提供する価値はなにか?
まず「顧客にとっての価値」を把握する。
企業側の苦労を顧客は考慮しないと述べた。ではどこで価格が妥当かどうかを判断するか。顧客は「得られる価値」によって判断する。短時間でそれなりの牛丼が食べたければ280円を妥当と考えるし、月に1度の家族の外食なら1人1万円でも遠慮なく出す。顧客が価値を認めてくれずコストが回収できないとすれば、それは企画部門とマーケティング部門のミスである。
顧客にとっての価値を把握したら、「競合」と「ポジショニング」、そして「代替品」を明確にする。そこでようやく「相場観」が得られる。タブレット端末はノートパソコンやスマートフォンと市場が似通っているが、スマートフォンを所有せずにタブレット端末を所有する人は少ない。なので初期はノートパソコンを基準に価格設定をすることになる。競合は他のハイテク機器メーカーだ。代替品はスマートフォンである。利便性と市場規模、顧客の得られる利益を勘案すると、ノートパソコンとスマートフォンの中間ぐらいが妥当ということが見えてくる。ニーズがあれば仕様の違う低価格・高価格帯の製品も投入する。
あくまで意識すべきは「顧客が得られる価値」だ。
2.独自性・付加価値で差別化しているか?
価格競争には終わりがない。
道路を隔てて営業している店舗同士が価格競争をし、激しい値下げ競争の末、最終的にはどちらとも潰れてしまうというのは笑い話である。しかし実際に起こりうる話だ。大切なのは「事業を継続させること」である。短期的に大量の顧客を獲得できたとしても、体力が尽きてしまっては意味がない。
そこで行うべき施策が「独自性」「付加価値」をもたせること。つまり「差別化」である。
たしかに顧客を説得するのは難しい。しかしできないわけではない。「顧客の価値」を基準に、妥当な価格だと判断させることができれば、相場から乖離した価格でも勝負することが可能だ。独自性とは他社製品にはない「顧客にとってメリットのある独自な機能」であり、付加価値とは「顧客がイメージする価値を超えるプラス要素」である。
差別化できると、顧客はあなたの製品と他社製品を「単純比較」できなくなる。あとはその価格が妥当なことをいかに伝えていくか、である。アフターサービス、無料交換、返金保証、プレゼント、継続的なフォロー。方法はいくらでもある。
無理に消耗戦を繰り広げることはないのだ。
3.顧客に考えさせていないか?
考えるのは疲れる。
できればなにも考えず、誰かが背中を押してくれるのが一番だ。なおかつ、それがあたかも「自分が納得して自分が考えて決めた」のなら(それがたとえ錯覚だとしても)最高だ。一般常識、既成概念、権威の言質などに「盲目的に」従ってしまうのはそのためである。低価格商品ならなおさらだ。現代人には、そんなことよりもっと頭を悩ますことが山ほどある。しかしお金は無駄にしたくない。
だから提供者は「顧客に考える時間」を与えてはいけない。背中を押すべきだ。そっと、丁寧に、やさしく、愛をもって。きっと顧客は喜んで対価を払ってくれるだろう。
具体的には「顧客に言い訳する余地を残す」と良い。たとえば「半額キャンペーン」で試し買いをうながしたり、「3ヶ月無料」で契約を勝ち取るなどだ。「なぜ購入・契約したんだ!?」と問いただす相手に顧客はこう答えるだろう。「だって購入のチャンスだと思ったから」。
顧客に考えさせない方法としては、「選択肢をもうける」という方法もある。いわゆる「松竹梅戦略」などはこれにあたる。松竹梅戦略とは、本当に売りたい価格以外に上下2つの価格の商品を用意し、迷った顧客は必然的に中間価格の商品を選ぶ、というものだ。顧客は「買うの?買わないの?」という問いかけよりも「どれを買いますか?」の方が購入を決断しやすい。女性にたとえて恐縮だが、「デートしよう!」よりも「和食とイタリアン、どっちが食べたい?」の方が承諾しやすい。
顧客も女性も、退路を断って「購入・承諾しない」を考えさせないことだ。
ヒトコトまとめ
売り手と買い手がwin-winとなる価格は
顧客がなにも考えずに選択し、満足してしまう価格。
お付き合いありがとうございました。多謝。
<目次>
第1章 ポジショニングと価格設定
第2章 原価に基づく試算
第3章 顧客心理の読み方
第4章 マーケットのセグメンテーション
第5章 バイアスとの戦いと公平さの追求
第6章 記憶と期待
第7章 アンカリング効果
第8章 マーケットでの競争戦略
第9章 おとり戦略
第10章 代金の後払い
第11章 ティーパーティー効果
第12章 バンドリングの技法
第13章 無料(フリー)の効用
第14章 アップセリング
第15章 提携販売とバリュープライシング
第16章 他人のお金
第17章 価格設定の環境整備
第18章 「あげる」心理学
第19章 価格設定と倫理
<著者>
リー・コールドウェル(Leigh Caldwell)
価格リサーチの専門家。認知・行動経済学者。数学者。18歳で数学の学位を首席で取る。1994年、価格リサーチのコンサルタント会社Inonを設立。行動経済額と心理学をベースに最適な価格を解析する。価格コンサルティングに従事するかたわら、ビジネス解説者としてBBC Newsを含む多数のメディアに頻繁に出演する。
*著者ブログ http://www.pricingrevolution.com/
*本書の参考サイト http://www.psyprice.com/
<類書>
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