フリーランスとして仕事をしていると、(監督者の有無という意味では)誰からも強制されていない分、いろいろな葛藤にさらされることになります。
私の場合、よくあるのが、「今日はもういいか」「たまには休もう」などと考え、仕事と休みのメリハリがあいまいになってしまうことです。
もちろん、仕事と休みの裁量は自らがしなければならないのですが、どこかに一定の基準を置いておかないと、安定的に成果をあげていくことはできません。
そこで今回は、作家・村上春樹氏の言葉から、フリーランスや個人事業主に欠かせない「考え方」について学んでみましょう。彼の発言は、実に、重みがあります。
朝の習慣
目が覚めるとその時点で全開状態になっているから、すぐに仕事にとりかかる。コーヒーを温めて、何か小さいもの、スコーンを半分とか、クロワッサンとか、そういうものを食べて、コンピュータの前に座って、即仕事に入る。うだうだはなし。
(『考える人 2010年 08月号』)
朝、目覚めてからすぐに仕事に取り組むというのは、慣れるまで大変なものです。しかし、意識が朦朧としているからこそ、仕事に着手するチャンスでもあります。
「やりたくない」「今日は休もう」。そのような自分の内側から生じる弱音や泣き言に打ち勝つために、雑念が少ない朝一番から仕事をするのです。
仕事の習慣
だいたい五、六時間、九時か十時ころまで仕事をします。(中略)だれとも口をきかないで、ひたすら書いています。十枚書くとやめて、だいたいそこで走る。(中略)書き終わると、九時から十時くらいになります。そうしたら、もうやめてしまう。即やめる。(中略)もう少し書きたいと思っても書かないし、八枚でもうこれ以上書けないなと思っても何とか十枚書く。
(『考える人 2010年 08月号』)
やるべき仕事のペースを自分でつくり、それを愚直に守り続けること。それこそ、決まった距離を最後まできちんと走るランナーのように。
フリーランスの仕事にも、そのような自分なりのペースが必要です。それがなければ、どこまでもダラダラと仕事をすることになり兼ねません。人間は弱い生き物なのですから。
ペースを守ることの大切さ
とにかく自分をペースに乗せてしまうこと。自分を習慣の動物にしてしまうこと。一日十枚書くと決めたら、何があろうと十枚書く。(中略)弱音ははかない、愚痴は言わない、言い訳はしない。
(『考える人 2010年 08月号』)
継続すること――リズムを断ち切らないこと。長期的な作業にとってはそれが重要だ。いったんリズムが設定されてしまえば、あとはなんとでもなる。しかし弾み車が一定の速度で確実に回り始めるまでは、継続についてどんなに気をつかっても気をつかいすぎることはない。
フリーランスにとってのペーストは、つまり“習慣”のこと。日々の習慣を身体に覚えさせれば、仕事をすることが当たり前になります。洗顔や歯磨きのように。
習慣を断ち切らない努力をし、リズムよくこなすことができれば、仕事をすることは日常の一部となります。それこそ、仕事スタイルの理想形ではないでしょうか。
労働倫理
書きたいときでなくても書くというのは、考えてみれば当たり前のことなんですよ。労働というのはそういうものです。店は時間がきたらあけなくちゃならない。今日はやりたくないなと思っても、やらないわけにはいかない。いやな客だなと思っても、いらっしゃいませとにこにこしないわけにはいかない。そういう生活を長く続けていれば、書くということに対しても、同じ労働倫理を持ち込むのは当たり前になってきます。
(『考える人 2010年 08月号』)
村上春樹氏ほどの人気作家でも、「労働倫理」をもって仕事をしているというのは驚きです。つまり、執筆を“労働”としてとらえているわけですね。
そう、いくら自由なフリーランスと言えども、私たちの仕事はあくまでも“労働”。だからこそ、労働倫理を忘れずに、おごることなく、仕事をしていくことが求められます。
仕事とプライベート
本当に若い時期を別にすれば、人生にはどうしても優先順位というものが必要になってくる。時間とエネルギーをどのように振り分けでいくかという順番作りだ。ある年齢までに、そのようなシステムを自分の中にきっちりこしらえておかないと、人生は焦点を欠いた、めりはりのないものになってしまう。
「なぜそこまでストイックに仕事をするべきなのか」。その理由はとてもシンプルです。つまり、残りの人生において、自分に与えられた仕事を、可能な限りこなしていくため。
そのために体調を整え、リズムを構築し、自らのペースを守って走り続ける。それこそまさに、フリーランスとしての“自由”な生き方ではないでしょうか。
巡り来る日々を一日また一日と、まるで煉瓦職人が煉瓦を積むみたいに、辛抱強く丁寧に積み重ねていくことによって、やがてある時点で「ああそうだ、なんといっても自分は作家なのだ」という実感を手にすることになります。そしてそういう実感を「善きもの」「祝賀するべきもの」として受け止めるようになります。
(『職業としての小説家』)
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