経営に浮ついた気持ちはいらない。
綿密な計画、高度な戦略、大胆な施策、派手な宣伝、最新の理論。なるほど、どれも見栄えが良い。先鋭的でポップでクールでスマートだ。つまり「憧れるだけの華やかさ」がある。
経営に取り組むとっかかりはそれでも良い。「現実的じゃない」とか「リスクを考慮していない」なんて言う人間よりは数倍マシだ。人生とは挑戦である。“間違った妥協”によって歳を重ねることではない。
ただ、泥臭く存続する勇気がなければ、“正しい妥協”をするべきだ。
身近で見る2つの倒産
私は身近で2つの倒産を経験している。ひとつは父の会社で、もうひとつは新卒で入社した会社だ。
前者は、いわゆる「バブル景気」に便乗した人頼りの経営が、バブルの崩壊によって破綻したことに起因する。小さな不動産業者であったが資金が回らなくなった。 「景気が悪い」というのが口癖だった父は、そもそも経営者に向いていなかったのだろう。条件はみな一緒である。「先見の明」などという大それたものなどなくても、「こんな好況がいつまでも続くはずはない」ということはすでに歴史が証明していたはずだ。実直な経営で生き残ってきた業者も多数存在する。
後者は、「組織の肥大化」が直接的な原因だと考えられる。中規模マンションデベロッパーにおいては、物件をさばくことによって建設費用を回収できなければ首が回らなくなる。そもそもの問題は「営業成績重視」の人事にあったと思うが、組織が肥大化しすぎて管理が行き届かず、多大な無駄を生み、経営を圧迫した。営業マン同士の秘密主義、目的意識の不足、不十分な社員育成、希薄な縦横の連携。無意味な組織拡大の弊害をあげればキリがないが、バブルの亡霊を追っていたという意味では前者と同じである。
両者に共通しているのは、「経営の原則」を無視しているということだ。
普遍的な経営の原則
経営を知らぬ者は経営をするべきではない。包丁の使い方を知らぬものが料理をすれば指を切るだろうし、核の恐ろしさを知らぬものが原発を運用すれば国が滅びる。至極、当然のことだ。
以下は、経営の古典的名著『ドラッカー名著集2 現代の経営[上]』から抽出した3つの原則である。
1.マネジメント
経営とは「マネジメント」することである。
マネジメントは直訳すると「管理」となるが、経営におけるマネジメントの意味は「評価」「分析」「選択」「改善」「回避」「統合」「計画」「調整」「指揮」「統制」「組織化」など多岐にわたる。
具体的に行うことは次の3つだ。
- 成果を上げることについて考える
- 共通の課題に取り組む人たちを組織する
- 社会へインパクトを与え責任を全うする
つまり、成果を上げるために評価、分析、選択をし、課題に取り組むべき人たちの組織化、管理、調整を行い、社会にインパクトを与え、責任を全うするために組織を統制、統合、指揮するのだ。
マネジメントを知らない経営管理者やトップは、経営しているとは言えない。ただ管理し、ただ指揮し、なんとなく烏合の衆を調整しているだけである。当然、時代の変化に即応することも、リーダーシップを発揮することもない。
無能な経営者は人を不幸にするのではない。人を殺すのだ。
2.企業の存続
企業にはなぜ「利益」が必要なのか?
その答えが経営の2つ目の原則である。つまり「存続するため」だ。いかに優れたマーケティング戦略によって市場を構築しようとも、いかに歴史的なイノベーションによってサービスを創造しようとも、存続できなければそれは経営ではない。
利益とは、社会からの評価であり、未来のリスクに対応するための資源である。誰にも評価されず、資源が枯渇してしまえば企業は存続できない。無慈悲に撤退するだけである。
こだわりをもつのは結構だが、冒頭でも述べたとおり、泥臭くても会社を存続させることが経営だ。プライド、見栄、執念。そんなものが顧客への成果につながるだろうか? 雇用、育成、報酬の支払い、社会的責任、コミュニティの創造に生かされるのだろうか?
家族と過ごしているときも、友人と食事をしているときも、恋人と寝ているときも、トイレに入っているときも、湯船につかっているときにまで、存続のために何ができるのかが頭の片隅にない人間は経営者になる資格はない。
経営者は孤独? 孤独にならずにどうして深く物事を考えることができようか。
3.根源的な問い
状況は常に変わる。だからこそ経営者は「根源的な問いかけ」をし続けなければならない。
たとえば以下のような問いだ。
- われわれの事業はなにか?
- 事業における顧客は誰か?
- 顧客にとっての価値はなにか?
- 価値を高めるためにわれわれの事業はどうあるべきか?
トップマネジメントの役割とは、これらの問いに正しく答えることである。その際、市場の潜在的な可能性、市場の変化、イノベーションの可能性も考慮して、慎重に回答しなければならない。
それぞれが経営に必要な「根源的な」問いであるため、掘り下げようと思えばどこまでも掘り下げられる。「顧客は誰か?」という問いひとつとっても、現在の顧客は? 潜在的な顧客は? 顧客はどこにいるのか? 顧客はいかに買うか? 顧客はいかに商品に到達するか? など、多様に広がる。
経営管理者は、根源的な問いによって目標を設定し、意思決定をする。もちろん、リスクの想定、経済の動向、不確実性を考慮しながら、随時、答えは修正されていく。
ヒトコトまとめ
経営の原理・原則とは
マネジメントを知り、企業を存続させ、常に根源的な問いかけをする、こと。
お付き合いありがとうございました。多謝。
<目次>
まえがき
序 論 マネジメントの本質
第1章 マネジメントの役割
事業に命を吹き込む存在
経済発展を支える鍵
第2章 マネジメントの仕事
マネジメントへの無理解
経済的な成果をあげる
マネジメントの第一の機能——事業をマネジメントすること
創造的な活動としてのマネジメント
マネジメントの第二の機能——経営管理者をマネジメントすること
マネジメントの第三の機能——人と仕事をマネジメントすること
現在と未来のマネジメント
マネジメントの多目的性
第3章 マネジメントの挑戦
新たな産業革命
オートメーションとは何か
オートメーションと人間
マネジメントに要求されるもの
第1部 事業のマネジメント
第4章 シアーズ物語
顧客にとっての価値は何か
近代企業への成長の要因
数々のイノベーション
新しい問題と新しい機会
第5章 事業とは何か
人が事業を創造する
企業の目的
起業家的な二つの機能——マーケティングとイノベーション
経済成長の機関としての企業
富を生み出す資源の生産的な利用
生産性のコンセプト
利益の機能
第6章 われわれの事業は何か
正しい答えはわかりきったものではない
われわれの事業は何かが最も重要
顧客は誰か
顧客にとっての価値は何か
われわれの事業は何になるか
われわれの事業は何であるべきか
目標設定の重要性
第7章 事業の目標
「唯一の正しい目標」の誤り
いかにして目標を設定するか
市場地位——マーケティングに関わる目標
イノベーションに関わる目標
生産性と付加価値に関わる目標
資源と資金に関わる目標
どれだけの利益が必要か
利益を測定する尺度は何か
その他の重要な領域に関わる目標
目標の期間設定
目標間のバランス
第8章 明日を予期するための手法
明日を予期することの重要性
景気循環を迂回する
意思決定のための三つの手法
経営管理者の育成が鍵
第9章 生産の原理
生産能力は決定的要因
三つの生産システム
個別生産
二つの大量生産
プロセス生産
生産部門に要求すべきこと
生産システムがマネジメントに要求するもの
オートメーション化——革命か漸進か
第2部 経営管理者のマネジメント
第10章 フォード物語
経営管理者は最も稀少な資源
ヘンリー・フォードの失敗
マネジメントの構築
経営管理者をマネジメントすることの意味
第11章 自己管理による目標管理
方向づけを誤る要因
専門化した仕事にひそむ危険性
階層によるマネジメントの違い
何を目標とすべきか
キャンペーンによるマネジメントは失敗する
マネジメントは目標設定に責任をもつ
自己管理によるマネジメントへの変革
報告と手続きに支配されるな
マネジメントの哲学
第12章 経営管理者は何をなすべきか
経営管理者の仕事の範囲
経営管理者の責任の範囲
経営管理者の権限
経営管理者とその上司
第13章 組織の文化
凡人を非凡にする
五つの行動規範
無難であることの危険
評価の必要性
報奨と動機づけとしての報酬
昇進を過大視する弊害
適切な昇進制度
マネジメントの理念
マネジメントの適性
リーダーシップとは何か
第14章 CEOと取締役会
ボトルネックはボトルのトップにある
CEOの仕事の混乱ぶり
CEOは一人という迷信
CEO一人体制の危険
CEOチームの組織化
取締役会
第15章 経営管理者の育成
三つの責任
経営管理者の育成にあらざるもの
経営管理者の育成の原則
経営管理者の育成の方法
上巻への訳者あとがき
参考文献
索引
<著者>
P.F.ドラッカー(Peter F. Drucker、1909-2005)
20世紀から21世紀にかけて経済界に最も影響力のあった経営思想家。東西冷戦の終結や知識社会の到来をいち早く知らせるとともに、「分権化」「目標管理」「民営化」「ベンチマーキング」「コアコンピタンス」など、マネジメントの主な概念と手法を生み発展させたマネジメントの父。
著書に、『「経済人」の終わり』『企業とは何か』『現代の経営』『経営者の条件』『断絶の時代』『マネジメント』『非営利組織の経営』『ポスト資本主義社会』『明日を支配するもの』『ネクスト・ソサエティ』など多数ある。
<類書>
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