歴史、数学、倫理、物理、哲学……。かつて中学や高校でならった学問が、実は、知的好奇心を満たすための重要な基礎であると認識している人は、はたして、どのくらいいるのでしょうか。
あるいは、そういった学問的な素地があることによって、社会のあらゆる問題に対して、自分なりに正しく考えることができるようになります。しかし一方で、基礎知識(教養と言ってもいいですが)がなければ、行間を読むことができず、ただ聞いたまま(あるいは感情的に)判断するしかない。
たとえば、福島第一原発事故による原子力発電所の是非について。いまだに議論は紛糾していますが、どうにも「賛成or反対」という、安易な二元論に流されている嫌いがあります。
しかし社会の事物は、「イエスかノーか」「白か黒か」「賛成か反対か」というように、必ずしも明確に区分できるものばかりではありません。むしろ、正解のない状態に耐えつつ、建設的な議論を重ねることが重要なのです。
そこで冒頭の学問です。原発事故の是非について考える際にも、「そもそも原発ってなにが問題なんだっけ?」「原爆のしくみは?」「だれが開発したの?」「歴史的な背景は?」「放射能と放射線って違うの?」などを理解するために、歴史、数学、倫理、物理、哲学などが必要となるのです。
原爆のもととなる発想「アインシュタインの相対性理論」
まずは、原爆(原発)のもととなる「理論」についてです。物理の授業で、次のような公式をならったかと思います。
E=mc2^2 (E:エネルギー、m:質量、c:光の速さ、2^2:2乗)
かの有名なアインシュタイン博士が示した式です。意味としては、「エネルギーは、質量と光速の2乗をかけたもので表せるよ」というもの。特殊相対性理論の帰結として発表されました。
ここで重要なのは、“エネルギーと質量は比例する”ということ。つまり、重いものほど大きなエネルギーを秘めているということになります。また、質量の消失がエネルギーとなることも示しています。
(詳しくは後述しますが、原爆の「核分裂」も、水爆の「核融合」も、ともに反応後は質量が減ります(質量が少ない物質に変わります)。つまり、質量の消失がエネルギーとなって発生するのです)
この公式のすごいところは、フランスの科学者ラヴォアジエが示した「質量保存の法則」をくつがえしたこと。質量保存の法則の法則とは、「化学反応の前と後で物質の総質量は変化しない」というものです。
しかしアインシュタインが、「質量とエネルギーは比例する。つまり、質量はエネルギーに変化するみたいだよ(エネルギーと質量の等価性)」と提唱したことで、質量保存の法則は、自然の基本法則ではなくなったのです。
歴史は原爆の開発へと向かっていく
さて、アインシュタインが特殊相対性理論を発表したのが1905年。日露戦争(1904~05)のころですね。この前後において、原爆開発に関する重要な発見がなされます。関係する歴史をふかんしてみましょう。
1789年:ドイツの科学者クロプロートが「ウラン元素」を発見
1896年:フランスの哲学者アンリ・ベクレルがウランの「放射線」を発見
1900年初頭:キュリー婦人による「放射能」の研究
1911年:ハンス・ガイガーとアーネスト・マースデンが「原子核」を発見
1932年:チャドウィックが「中性子」の存在を明らかにする
1938年:ドイツの化学者・物理学者であるオットー・ハーンとユダヤ系の物理学者リーゼ・マイトナーは、天然の原子の中でもっとも重いウランの原子核に中性子をぶつけると、中性子が吸収され、核分裂反応により、中性子と共に大きな熱エネルギーを放出することを突き止めた
これらの歴史を、アインシュタインの「E=mc2^2」とともに考えてみると、
- 天然で大量に存在している原子のうち、もっとも重い「ウラン」を発見したよ
- ウランは「放射線」を発するみたいだ
- 放射線を発する能力を「放射能」、放射線を発する物質を「放射線物質」と名付けよう
- 物質を構成する原子は、電子と「原子核」からなるようだ
- 原子核は、「陽子」と「中性子」からなるようだ
- ウランの原子核に中性子をぶつけると、「核分裂反応」がおきるみたい
- 核分裂反応によって、「大きな熱エネルギー」が放出するようだ
- アインシュタインによると「質量とエネルギーは比例」し、「質量はエネルギーに変わる」ようだ
- 質量とエネルギーは比例するから、「ウランが大きなエネルギーを発する」に違いない
- ウランの原子核に中性子をぶつけるしくみで、強力な爆弾をつくろう
となります。これが歴史と原爆の関係です。
戦争と密接な関係にある原爆の開発
また、時代背景という観点から考えてみると、戦争が原爆の開発に大きく関係しているのがわかります。
1914年におきた第一次世界大戦に敗北したドイツ。そのドイツが、ヒトラー率いるナチスを中心にポーランドへ侵攻。それによっておきた1941年の第二次世界大戦(太平洋戦争)。
このとき、大きく懸念されたのは、ドイツによる原爆の開発です。もし、残虐非道なナチスに、原子爆弾を開発されてしまったら……。
そこで立ち上がったのが、ユダヤ人物理学者のレオ・シラード。シラードは、アメリカ政府に対し、原子爆弾の開発をナチスドイツより先に成功させるべきだと訴えます。
そのとき送付した信書には、なんと、アインシュタインの署名が。そのため、アインシュタインが原爆の開発に携わっていると誤解している人がいるようですね。
アインシュタインは、あくまでも、原爆に関するもとの理論を発見し、米政府への信書に署名しただけです。
原爆の完成と投下まで
さらに歴史をふかんしてみましょう。
1941年:プルトニウム239の発見
原子爆弾に必要な「ウラン235」は、天然ウランのわずか0.7%しかありません。その他は、核分裂を起こしにくい「ウラン238」。さらに、天然ウランからウラン235を取り出すには、高度な技術力と大規模な設備、大量の電力を消費する「ウラン濃縮」が必要となります。
しかし、ウラン238が中性子を吸収することで得られるプルトニウムなら、原子炉さえあれば生産できます。プルトニウムの発見により、ウラン235を使った「ウラン型」、プルトニウム239を使った「プルトニウム型」という、2種類の原爆をつくれるようになりました。
その後の歴史は以下のとおりです。
1942年6月:ルーズベルト大統領がマンハッタン計画(原爆製造プロジェクト)を発足。開発のリーダーに選ばれたのは、ユダヤ系物理学者ロバート・オッペンハイマー
1942年12月:原子炉で核分裂連鎖反応を人工的に起こすことに成功
1943~44年:高濃縮ウランやプルトニウムの生産開始。同年、2種類の起爆方法「ガンバレル型」と「インプロージョン型」が考案された
1945年7月:人類初の核実験「トリニティ」が行われる(複雑なインプロージョン型起爆の実験)
1945年8月6日:ウラン型原子爆弾「リトルボーイ(ガンバレル型)」が広島に投下される
1945年8月9日:プルトニウム型原子爆弾「ファットマン(インプロージョン型)」が長崎に投下される
あらためて、原爆のしくみについて
ここまでのお話で、原爆の開発が、歴史上でおきた数々の科学的発見および時代背景によって引き起こされたということを、ご理解いただけたかと思います。
では、あらためて、原爆のしくみをわかりやすくご説明しましょう。原子爆弾には、「ウラン型」と「プルトニウム型」があります。
・「ウラン型原子爆弾」のしくみ
鉱山から産出される天然のウランには、「ウラン235」と「ウラン238」があります。それぞれの数字の意味は、陽子と中性子との和です。(ウラン235:陽子92個+中性子143個、ウラン238:陽子92個+中性子146個)天然の元素のなかで、もっとも陽子の数が多く、もっとも重いのが特徴です。
このうち、ウラン型原子爆弾に使用されるのは、ウラン235です。その理由は、核分裂が発生しやすい条件として、「陽子と中性子の数がそれぞれ偶数と奇数であること」があげられるため。ウラン235はこの条件を満たしていますが、ウラン238は偶数と偶数なので核分裂しにくいのです。
では、核分裂はどのようにしておこるのでしょうか。すべての物質は原子から構成されています。また、原子は電子と原子核から、原子核は陽子と中性子で構成されています。原子核にある陽子は、「核力」と呼ばれる引力によって、外に飛び出ないようになっています。具体的には、陽子と中性子がバランスよく存在していることで、その物質を構成している、と言ってもいいかと思います。
そのような陽子と中性子のバランスを崩し、蓄えていたエネルギーを放出するのが「核分裂」です。具体的には、核に対してひとつの中性子を外から与えることで、意図的に核分裂を引きおこすのです。これが原爆における起爆装置の原理です。
もっとも、1個の核が分裂したぐらいでは、エネルギーの放出はわずかです。しかしウランは、核分裂によって、核の分裂片(放射性物質)と、平均2.5個の中性子が飛び出します。飛び出した中性子は、他の核へと入り込み、さらに核分裂がおこります。これが「核連鎖分裂」です。核連鎖分裂をおこすことを「臨界」といいます。
ちなみに、1キログラムのウラン235には1兆の1兆倍もの核があるとされています。これだけの核が分裂する時間は、わずか1億分の1秒ほど。瞬間的に爆発しているように見えるのはそのためです。
ウラン型原子爆弾「リトルボーイ」に搭載されていたウランは約50キロ。このうち、核分裂をおこしたのはわずか1キロ(800グラムほど)とされていますが、爆発で放出されたエネルギーは63兆ジュール、TNT火薬で1万5千トン(15キロトン)相当におよびました。
※具体的なウラン型原子爆弾(ガンバレル型)の構造
http://www.hiroshima9.com/chishiki/u-genbaku.html
・プルトニウム型原子爆弾のしくみ
次に、プルトニウム型原子爆弾のしくみです。プルトニウムは、天然のウランとは異なり、人工的につくられた元素です。原子力発電の「原子炉」でつくられます。
原子力発電の原料となるのは、純度3~5%程度の濃縮ウランです。実際には、核分裂しやすいウラン235を約4%、核分裂しにくいウラン238を約96%混ぜたものを使用しています。(ちなみに、ウラン型原子爆弾は、純度100%近くのウラン235を使います)
原子炉では、原子爆弾のしくみと同様に、ウラン235に中性子をあてて核分裂を引きおこし、熱エネルギーを発生させています。ただ、中性子の多くはウラン238にも吸収され、ウラン239ができます。ウラン239は不安定なため、中性子1個が陽子1個になる、ベータ崩壊をおこします。
その結果、陽子93個の「ネプツニウム239」となり、さらにベータ崩壊をおこして陽子94個の「プルトニウム239」へと変化するのです。このようにして、プルトニウムがつくられます。
このプルトニウムを使用した原爆が、プルトニウム型原子爆弾というわけです。威力はウラン型原子爆弾よりも強いとされています。数値にすると、プルトニウム型原子爆弾「ファットマン」は、ウラン型原子爆弾「リトルボーイ」の1,5倍であったとされています。(ただ、地形上の問題から、広島より長崎の被害は軽減されたと考えられています)
※具体的なプルトニウム型原子爆弾(インプロージョン型)の構造
http://www.hiroshima9.com/p-genbaku/p-genbaku.html
原発(原子力発電)のしくみとは
プルトニウムの製造過程において、原発のしくみについても、簡単にふれました。ここであらためて、そのしくみをおさらいしておきましょう。
原子力発電所で使われている燃料は、核分裂しやすいウラン235約4%と、核分裂しにくいウラン238約96%とを混ぜたもの(ウラン燃料)です。そのため、原爆の核分裂とは異なり、急激な反応は起こりません。
また、原子力発電においては、核分裂のきっかけとなる中性子を制御棒で吸収しています。その結果、核分裂を止めたり、核分裂の量を調整しているのです。
原子力発電所では、このウラン燃料を核分裂させることにより、熱エネルギーを発生させ、水を沸騰させています。発生した蒸気の力でタービンをまわし、電気をつくるというしくみは、他の発電技術と同じです。
発電に使用したウラン燃料は、95~97%が再利用可能なウラン燃料(ウラン235:1%、プルトニウム:1%、ウラン238:93~95%)となり、残りの3~5%が高レベル放射性廃棄物となります。
そして、発電に使用されたリサイクル燃料を再処理し、再び原子力発電所で使用することを「原子燃料サイクル」と呼びます。(とくに、使用済燃料から取り出したプルトニウムにウランを混ぜ、MOX燃料(Mixed Oxide Fuel)をつくり、原子力発電所で再利用することをプルサーマルといいます)
被ばくとはなにか
ここまでの話ですと、原発はそれほど危険ではないと思われるかもしれません。しかし、原発のもっとも恐ろしいのは、放射線による「被ばく」です。
福島第一原発事故でおこったのは、地震と津波によって使用済み燃料を冷却する機能が失われ、冷却水の水位が低下し、燃料が露出したことで、燃料を覆う金属が高温になり、水素が異常発生。さらに、水素爆発によって原子炉建屋などが破損。放射性物質が大気中に放出されました。
放射性物質は、その名の通り、放射線をだします。放射線にはさまざまな種類がありますが、人体の細胞を破壊するなど、甚大な被害をおよぼします。(ガン、白血病(血液のガン)、DNAの破壊など)
このように、放射線をあびることを被ばくといいます。放射線は皮膚を透過するので、身体の内部に影響をおよぼすのが被ばくの特徴です。とくに体の外側から放射線をあびることを「外部被ばく」、体内から放射線をあびることを「内部被ばく」と呼びます。
※DNA、遺伝子、染色体、ゲノムの違いはコチラhttp://genomedic.jp/DNA_introduction.html
おまけ:水爆のしくみについて
最後に余談ですが、原爆よりも威力が大きいとされる「水爆(水素爆弾)」について、簡単にご紹介します。有名な水爆実験の被害である「第五福竜丸事件」は、被ばくとも関係しています。
原子爆弾のしくみは、核分裂による熱エネルギーの発生でした。一方で水素爆弾のしくみは、核分裂ではなく「核融合」です。水素の核が融合する際に発生するエネルギーを利用します。
具体的には太陽の原理と同じです。そもそも太陽は、燃えているのではなく、中心部で水素の融合が起きているためエネルギーが発生しているとされています。そのしくみを活用したのが水爆です。
もともと水素には中性子がなく、それぞれ1つの陽子と電子からできています。そのため核同士が融合しやすいのが特徴です。(つまり核力が小さいということです)
ただ、水素が核融合するには条件が必要。その条件とは、「1億度以上の熱」か「大気圧の1千億倍の圧力」があること。それらが満たされないために、地球上の水素は融合していないのです。
そのような条件を満たすにはどうすればいいのでしょうか。石油を燃やしてもわずか1千度ほどにしかなりません。そこで活用されるのが原爆です。
水爆のしくみは、ウラン238でできた爆弾容器のなかに「水素」を入れ、その水素を核融合させる起爆剤として原子爆弾も入れている、というもの。原爆(ウラン235)の爆発、水素爆弾の爆発、ウラン238の核爆発という3つの爆発によって強大なエネルギーを発します。
水爆は、原爆とは異なり、核の分裂片(放射性物質)をだしません。にも関わらず、なぜ水爆実験によって、第五福竜丸は被ばくしたのでしょうか。
もうおわかりですね。そう、水爆の起爆装置に原爆を使用していたためです。つまり第五福竜丸は、水爆の起爆装置である原爆によって被ばくした、ということなのです。
まとめ
原爆と原爆をとりまく物事について、ご理解いただけましたでしょうか。このように、歴史、数学、倫理、物理、哲学などの視点から幅広く考えてみることで、世界はとてもシンプルになります。
ただたんに、「第二次世界大戦はいつ起きた」「原爆のしくみはこう」「原発の問題点はここ」といった単眼的な視点から学ぶのとは、得られるものが大きく異なります。
そして、複眼的な視点から理解されたシンプルな世界について、深く思考することによって得られる判断および行動こそ、より良い未来をつくるのではないかとボクは思うのです。
参考
原爆先生の特別授業:http://www.hiroshima9.com/
Yukihy Life:http://www.yukihy.com/
電気事業連合会:http://www.fepc.or.jp/nuclear/houshasen/houshanou/index.html
関西電力:http://www.kepco.co.jp/corporate/energy/nuclear_power/index.html
東京電力:http://www.jaero.or.jp/data/02topic/fukushima/summary/01.html
遺伝子医療情報:http://genomedic.jp/DNA_introduction.html
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