「インターネット的」な世界で読まれる文章の特徴は「リンク」「シェア」「フラット」

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インターネット的 (PHP新書)

インターネット的 (PHP新書)

 ときに、ルールとかフォーマットとかから、はみ出してみるのも面白いよね。

 決まりきった型には、それなりの意味があるんだけども、必ずしも意味を追うことがすべてじゃないわけで。それは、誰かに楽しんでもらうために書きはじめた文章が、やっぱり自分が楽しむことが一番大切だとシフトしてしまう感じに似てる。自分が楽しめてるのなら、少なくとも、自分と似た感覚を持った人なら同じように楽しめるのではないのか、と。

 けどまあ、実際には、同じ文章からまったく同じ意味を受け取れることなどないわけで。そうして反省しては、また「読者視点ってなんだっけ」とふりだしに戻って考えることになる。そうやって考えることに飽きちゃうと、結局また、「いや、自分が楽しいのが一番!楽しんだものが勝ちって言うもんね!」となっちゃう。堂々巡りの文章書き。

 ただ、読者が楽しめるかという視点と、自分が楽しめるという視点。どちらにおいても無視できないのが「クリックされなければ意味が無い」ってことだ。


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「インターネット的」社会の3つ特徴をふまえて

 インターネットの登場によって、時代は大きく変わった。何より、個人がとくべつな媒体を持っていなくとも、意見や思いを発信することができるようになったんだ。もちろん、受信者がいるからこその発信。誰かが読む可能性がまったくないのなら、机の引き出しにしまったままの日記と変わらないもんね。

 つまり、「誰かに読まれないままなら、これまでと変わらない」ということ。そこから導き出されるのが「クリックされなければ意味が無い」という結論。

 「誰かに見られるためじゃない!自分のために書いているんだ!」という意見もあるかもしれない。うん、それはそれでよし!まったく問題ない。でも、まさか、未来の自分にも読まれない、なんてことないよね?それって、けっこう悲惨なことだよ。読み返したくない日記なんてさ。

  だから最低でも、自分がまた閲覧(クリック)したくなるような文章を書こう!だってそうじゃないと、書いてるそばから「こんな文章誰が読むんだ?」なんて思っちゃうよ。それじゃまるで、誰もいない荒野で、洞穴に向かって思いの丈を吐露してるのと同じ。はきだされた言葉は、誰の耳に触れることもないし、最悪自分の記憶にも残らない。永遠に抹消。ボッ。

 じゃあ、具体的にはどんな文章を書けばいいのだろうか?糸井重里さんの著書『インターネット的 (PHP新書)』から、そのヒントを探ってみよう!

 著書のなかで糸井さんは、「インターネット的」社会の特徴を、次の3つとしているよ。

  • リンク
  • シェア(おすそわけ)
  • フラット

リンク

  リンクとはつまり、「つながり合う」ことだね。それも、ただ無作為につながり合うのではなく、お互いに影響しながら、連関しながら「有機的」につながり合うのがインターネット的なんだ。

 辞書をひくみたいに、見つかるのが単語と答え(プラスアルファ)だけじゃなく、一見、関係なさそうなものまでつながっている。そこから、思いもよらない化学反応があって、知識が深まったり、新しい着想が得られたりするんだ。なんだか素敵だね。

 だから、インターネット上で文章を書くときには、このリンクを意識することが大切なんだ。言葉の意味だけじゃなく、自分の体験や思いと照らしあわせて「それってこうじゃないのかな?」と発言してみる。すると、それに反論する意見だったり、保管するデータとつながって、新しいものが生まれていく。とくに真新しくもない事実だけ書いてあっても、リンクする価値は無さそうだよね。

シェア

  そして、そうやって見つかった文章が「良いもの、有益なもの、面白いもの」だったりすると、シェアされる。ソーシャルメディアのfacebookには、簡単にシェアできる機能がそなわっていて、盛んに行われているよね。シェアによって、情報はどんどん拡散されていくんだ。Twitterのリツイートも似たような機能だね。

 料理のレシピを掲載している「クックパッド」は、このシェアという特性を上手に活かしたビジネスだと言えるね。クックパッドのサービスによって、これまでに家庭の中だけで消化されてきたごくごくプレイベートなレシピが、多くの人に手軽に簡単に伝わるようになった。そのレシピを見た人は、実際に作ってみた感想なんかをシェアして、今度は自分のレシピを掲載する。そんな、ユーザー同士のシェアが自然に行われているんだね。

 もちろん、なかには完ぺきなじゃないものもある。間違った情報や、かたよった意見もある。ただ、たとえそれが少数派の意見だったとしても、「僕は支持するよ!」「私も同意見です!」といったことはあってもいい。それもまたシェアの一つのかたちだよね。

フラット

  最後はフラット。たいら?……というより、無名性や匿名性という意味に近いかな。社会的な地位やポジションに関係のない、フラットな“情報主体”の社会がインターネット的なんだ。

 フラットだからこそ、オープンに発言することができる。フラットだからこそ、先入観にとらわれることなく表現できる。年齢や性差、ときには人種を問うことなく、情報を共有したりシェアしたりできるのは素晴らしいよね。まさにノーボーダーだ。

 とうぜん、フラットによって生まれる悪もある。ウェブ上では、誰かを貶めたり、批判したりする文章がウケやすいのも、フラットという特徴のせいだろう。忌憚のない意見ならまだしも、曲がったエネルギーがまとまって犯罪行為に発展してしまうこともある。そして、そこにいるのはやっぱり人間なんだよね。

 だから、まずは背伸びしたり知ったかぶりをやめてみるといいかもね。偽善やスリヨリもいらない。自分の意見を素直に、率直に発言しよう。(ただし、炎上には注意!)

書くことも生きることも、もっと自由に

 相手の顔色をうかがった発言って、なんだか気持ち悪いよね。ウソをついたり、 無意味に飾り付けたり。だれもそんな文章を評価しないよ。

 間違っていてもいいじゃない。受け入れられなくてもいいじゃない。ただ、自分に正直になって、堂々と発言しようじゃないの!きっと、共感してくれるひとは必ずいるよ。

 思わぬ方向から支持されたり、ときには罵倒されたり。それらすべてが「インターネット」なんだから、さ。

 お付き合い、ありがとうございました。多謝。

参考

インターネット的 (PHP新書)

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